2018年10月7日日曜日

小さな願い

 季節が移ろい方を忘れてしまったような、気まぐれなお天気が続いています。

このところずっと、日本の何処かが疲れていて...誰かが励まし支えています。
その形態はさまざまで、身近な人であったり、地域であったり、国家組織だったり、またミュージシャンやスポーツ選手もそうですね。
共通するのは、人と人とのコミュニティーが逆境を乗り越える原動力にあることです。
頑張る人と支える喜びを見つけた人。『人』という文字は良いですね!

十五夜の夜、夢を見ました。
そこは明るい日差しが柔らかく入る居心地のいい部屋。
清潔なベッドに横たわる私は、とっても穏やかな心です。
静かな音をたてて、エアコンの涼やかな風は部屋中を包みながら、暑さから私を守ってくれています。
遠い記憶を呼び覚ますように、傍にいる娘から昔の想い出が紡ぎだされていきます。
「はあ~...」っと、ため息まじりの返事をして、懐かしさを口にできないまどろしさを思いました。

ただひとつだけ覚えておいて欲しいこと。
「決して、自分から敵をつくるようなことはしない方がいい。」
だって、誰もが誰かや世の中のお世話になって生きているんだもの。感謝しかない。」

時代が移っても、最後はやっぱり人と人。
そう思ってから目を閉じ、深い霧の中へ吸い込まれていきました。

 その日の夜空に浮かんだ満月は、それはそれは美しく煌々と輝いていたことを、次の日早朝のラジオで聞きました。
きっと、小さな願いは娘に届いたはず!と...私は強く思いました。

      2018年10月7日(日曜日)      楢橋栄子

2018年8月12日日曜日

2018年~残暑お見舞い申し上げます

 猛暑の毎日、みなさま如何お過ごしでしょうか。
『立秋』を迎えた8月7日から、幾分かは朝夕の空気に涼しさを感じますね。
とは云っても、午前中から30度をぐんぐん越え出す気温に、根負けしてしまいます。

世の中はお盆休み。帰省ラッシュのニュースには全く実感がない私も、明るい笑顔のTV映像から元気な日本を感じます。
それに、夏休みの習慣も薄れた私ですが、孫たちがそれぞれに夏休みならではの体験をしている様子を知り、嬉しい限りです。

 先日、庭の草取りをしました。
日陰に群集した苔の上に、蚊取り線香を置き、苔の間の雑草を丁寧に取りながら、程よい湿気の地面のひんやり感を満喫しました。
そして、日本庭園やお寺を味わい深くする「苔色」には、涼を求める人々の心と身体を守るチカラがあることを思いました。
草取りはやりだすとなかなか終わりが見えず、気が付いたら2時間もあっという間。
体中と手首が・・・痛い! それでも何とも言えない爽快感!
風が吹くと、芝生に緑の軽い波が起きて「きれいだな!」と心が満足していました。

 8月の誕生石はペリドット(PERIDOT)
オリーブの実のような黄色と褐色を混ぜた貴重なグリーンの宝石です。
鮮明なグリーンカラーは、とっても素敵で今年の流行色。
街中にいろいろなグリーンが溢れています。
ちなみにヨーロッパでは、ぺリドットを身に着けると「雄弁」になるといわれているそうです。

物静かで落ち着いた「苔色」の緑と、活発で生き生きとした「ペリドット」のグリーンカラー。
どちらも夏向きですね☆

 もうすぐこの暑さもおさまり、初秋を感じるようになります。
どうか皆様、楽しい夏休みやお仕事も、涼を工夫しながら、お元気にお過ごしくださいませ。


        2018年8月12日(日曜日)     楢橋栄子


2018年7月14日土曜日

西日本集中豪雨に・・・

 いよいよ夏の扉が解放されました。
猛暑の連日は、毎年毎年その気温を上昇させ、どこまで行くのでしょう。そして・・・
象徴するような夏空の白い雲は、早朝から夕刻まで、カタチを変えて大空に浮かんでいます。

その矢先、西日本を中心とした記録的な集中豪雨の凄まじさに、日本全土が震えました。今見えている風景や街並みが絶対的では無いということを、どんなもしもがこれからも襲ってきて、私たちの暮らしと生命を脅かすかもしれないことを、誰もが感じたからです。

「動かない景色のような 心に縁どられている 大きな空と 大きな海と ・・・」という歌詞が頭に浮かびました。自然の中で生かされていることの歌です。
しかし、そこに永久にあるはずの景色が無くなったら、きっと時間の経過とともに思い出せなくなります。想い出の写真や動画の中で、心の記憶が蘇るのでしょうか。
移りゆく時代の流れは受け入れても、育った土地や生きている場所の突然の消滅は受け入れ難い。もう他人事ではない危機感を、しっかり自覚して、緊急の事態に備える心構えが必要なのだと思い知らされました。

言葉にできないくらいの、いろいろな感情を込めまして
被災されました多くの皆様へ心からお見舞いを申し上げます。
また信じられないくらいの尊い命を奪われた現実に言葉を失ってしまします。
ありきたりの言葉しか今は見つかりませんが、突然消えてしまった魂のご冥福を心からお祈り申し上げたいです。
また安否が不明の多くの皆様がおられます。さぞや苦しくてお辛い日々のご家族のもとへ、全身全霊で帰り着かれますことをお祈り申し上げます。

日に日に変わる日常への支援が報道されています。
それは熊本地震でも多くの課題が見つかりました。支援したい気持ちばかりで焦ってはいけないこと。物資と義援金、インフラの整備、身体と心のケアー等々、長丁場です。

だからこそ、熊本地震で経験した教訓が、生かされますように!
そして、何か出来ることをしたい!という日本中の想いが、政策をも動かしますように!!

灼熱の光線は、被災地の多くの方々の体力と気力が衰弱されてしまうのでは・・・想像しますと、本当に胸が痛みます。
天皇陛下や皇后様も、どれ程の心痛でおられるかと拝察いたします。
次から次に起こる災害は、退位を来年に控える両陛下に、これでもかとお苦しみを与えているようでとても無念です。

神様!どうかこの苦難を乗り越える力と知恵を、我々にお与えくださいませ!


      2018年7月14日(土曜日)      楢橋栄子



2018年5月24日木曜日

ことばのシャワー

   「うしのかりんちゃんをみたら
    あたまをかいてとぼくをみた
    あたまをやさしくかいたら
    モーっといってにっこりしたよ」

 御無沙汰をしてしまいました。。。
諸事情により、インスピレーションがかなり貧弱になっていたのですが、ちょっとばかりワクワクしてきたので、思いのままに綴ってみたいと思います。

 『たから箱』(熊日新聞掲載) 四行詩の世界観にいつも感心させられ、子供たちの感性と瞳の輝きを嬉しく思う日々です。
冒頭のポエム・・・牛さんのお世話をする小学Ⅰ年生の坊やとご家族のお人柄や日常の暮らし振り、そして天草の風景までも想像しちゃうほど、素直で優しいまなざしの詩でとても素晴らしく大好きです!
牛のかりんちゃんに「どうしたら喜んでくれるかな~。僕にできることはなにかな~。」と、坊やはいつも思っていて、だから牛のかりんちゃんも坊やが大好きで!!
「あたまをかいてとぼくをみた・・・・・・  
モーっといってにっこりしたよ」 なんて素敵な魂と魂の触れ合い!!!
やさしくかいてあげたんだね~。 良い子だね☆☆☆ 
何度も何度も読み返しながら、自分に足りないものを探す。


   「七回転んだら 八回目はもう寝とこかな」

世の中は失敗を許さない傾向にある。
誰もが頑張っているのに、結果だけを求められる。
優等生だらけの世の中であったなら、ギスギスしないだろうか?
一般の尺度からはみ出してしまう事を、初めて遣って退ける人は勇気がある。
失敗だらけの毎日でも、自分を労わって・・・また頑張ればいい。
失敗だって、結構良いものだって後々分かるものだから。
心豊かな人生になるよ☆と応援する優しいメッセージに安堵です。

  「転んだら 優しさつかんで起き上がれ」


  「幸せな時間は止めておけないのです。
  だから今 喜んでありがとうを味わうのです。」

日本中の観光名所に限らず、伝統文化や昔の暮らしが息づく地方にまで、世界中から多くの観光客が来日されています。
ある日の朝、両手に荷物を抱えた私は電車に乗りました。
車中は満員となっていて・・・ちょっと不安になった時、中国人のグループのひとりの女性が、「ここに座って!(中国語だけど、たぶん)」と言って席を空けてくださいました。
私は「有難うございます!(日本語)」とお礼を言って座りました。
心がキュ~ンとして・・・センチメンタルな気持ちに。
グループの方たちはずっと笑顔でした。 降りる停留所に着いた時、思い切って「有難うございました!(日本語) have a good day!」と伝えました。
「Oh~~!!▲×▲×▲(中国語) バア~イ!」 私も笑顔で「バア~イ!サンキュー!」
(心の声⇒「謝謝」シェイシェイ!って言えばよかった・・・。)

ほんの一瞬の触れ合いが、こんなにも幸せな気持ちになるなんて!

世界中にはびこるマイナスな感情。いろいろな環境や立場や考え方。自分とは異なるものへの理解を目指すには、人種や性別を超えたところにある平等の喜びを創ることではないかな~なんて思った2018年初夏の私でした。


  2018年5月24日(木曜日)     楢橋栄子


       引用*熊本日日新聞 & 風の丘 阿蘇大野勝彦美術館

                 「かつひこの日めくりカレンダー」より
                       

  


 
   

2018年1月24日水曜日

昭和の温もり

 祝賀ムードは、ほどなく遠ざかり、日常の生活へと戻っています。
平成という年号がその役割を満たしながら進む、今年の始まりとなりました。

時間の感覚は、人それぞれの置かれている環境やこれまでの体験、性格によって速度が変わるように思いますが、今年の一日一日は、早すぎず遅すぎず、実りある時間にできたらいいですね!

 つい最近、我が家のリビングのエアコンが突然アウトになりました。
なんか寒いなあ~と思って見上げると・・・エアコンのランプが点滅しています。
電気店の営業マンの方に見ていただくと、部品交換が必要とのこと。家電製品は消耗品なので仕方がないです。エアコンが使えなくなって、熊本地震で味わったインフラの不安を思い出しました。
またあのような状況に陥ったら・・・電気で殆どの生活を維持しているこの真冬の毎日が、ピタッとストップしてしまいます。身体も心も凍えてしまう!
でも昔、むか~しは電気製品で暖を取る環境はありませんでした。
家族はひと部屋に集まり、火鉢で手を温めながら、ささやかな出来事を笑いあって冬をしのいでいた事、ふと思い出しました。

そんな時、たまたま広げた新聞に掲載されていた『湯たんぽ』という記事が目に飛び込んできました。
「生きる~音読のすすめ」 いつもジ~ンと鼻が緩む言葉ばかり。
偶然にしては驚きの内容に、思わず切り取り保存スクラップに仲間入りです。

私の両親とほぼ同年齢のK氏の言葉は、昭和の温もりに溢れる内容でした。
小学生の私は、寒い季節になると毎晩、祖母を手伝って家族分の湯たんぽを用意していました。
上通りで果物店を営んでいた祖父母と両親、そして私と弟ふたり分です。
シャンシャンと沸いた熱湯を湯たんぽに入れる為、祖母は細心の注意を払っていたのだろうと思います。今、祖父母の年齢になったから記憶が鮮明になります。
幼い弟ふたりは、温かい祖父母のお布団に潜り込んでいつまでもお喋りしていました。
だから私も深い眠りに堕ちた翌朝の目覚めから、なかなかお布団を抜け出せない・・・今でも!(^^)!

現在も湯たんぽが売られている場面に直面されたK氏はためらわずにさっと籠に入れたとありました。遠い昔に母親の温もりを感じた記憶を、その日の夜から再び蘇らせた感動を想像すると、こちらも心が温まりました。

そして『火鉢』。
スマホで検索すると、今でも昭和の和製アンテイークとして人気があるようです。
戌年生まれ(明治31年)の祖父は、火鉢のコレクターでした。
電気こたつを嫌い火鉢にこだわっていたんだなアと、今では思いますが、当時は祖父に付きまとい、こたつをねだっていました。
でも火鉢で焼いてくれたお餅(焼きあがったお餅に醤油を付け、再び火鉢の金網に戻すと赤黒い炭火にジュッ!と垂れる醤油の香ばしい香りがする)を火箸で取り上げ、大きな海苔を巻いて食べさせてくれた祖父を懐かしく思い出します。

ちなみに祖父のお気に入りの火鉢は、重厚な木製で引出し付きの長火鉢(煙草盆)と、お洒落な取っ手の付いた銅製で、切り株を面取りして綺麗に削り込んだ台座も付いるこれも重厚な宝船や鶴の絵柄の火鉢(私が遺品として所有)です。

若い方たちは、きっと何時の時代?って思われるでしょうね(>_<)
今から60年くらい前のお話です。

 急速に人口知能の技術革新時代となりつつも、アナグロな昭和の温もりを知っている私達世代は、ほんとうに幸せ者だと実感しているこの頃です。
突然のほっこり感との出会いは最高でした!!

     2018年1月24日(水曜日)      楢橋栄子